医学アラカルト No,2




  アタラクシアとストレス           

2004/04/15

  古代ギリシャの賢人はアタラクシア(こころの安寧)を求めていた。このアタラクシアとは一体なんだろうか?それは、暴風に見舞われた難破船にあって右往左往する人間とは対照的に餌をガツガツと頬張る子豚になぞらえたものであった。つまりどんな最悪な状況にあっても自分を失わない子豚こそがアタラクシアにあるというのである。え〜、そんな馬鹿なと思われるだろう。

  今日のようなストレス社会にあってはこのアタラクシアはどう解釈できるだろうか?私はかつて銀座で開業していたストレス学者藤井尚治先生にお会いして論じ合う幸運に恵まれた。藤井先生は第二次世界大戦中軍医として兵士が従軍中に腹を壊したり、落ち込んだりする姿を実際に見ており、戦後にストレス学の第一人者ハンス・セリエに師事された。

ラットの同様な状況をストレス学説で説明するセリエ先生に共感し、ニッポンのストレス学の第一人者になられたのである。

  ストレス社会を暴風に見舞われた難破船と見立てれば、餌をガツガツと頬張る子豚とはどんな存在なのだろうか?私は何かに没頭できる存在なのではないかと思うのである。例えば趣味でも娯楽でもなんでもよいのではないか?会社の仕事が終わった後で、プールで泳ぐのもいいし、週末にゴルフやテニスをしたりするのでも、囲碁や将棋、映画鑑賞でもJAZZにふけるのもよいのだろう。なにか自分らしいものに没頭できるとよいのかも・・・

私はさしずめ週末に近くの海で釣りするのがストレス対策である。ゴルフはスコアが悪いせいか、ストレスが増してしまう。

  藤井先生とはギリシャ哲学からハンス・セリエ先生のこと、科学ジャーナリスト、アーサー・ケストラーの話などを話し合った。なんでも「真昼の暗黒」「ホロン革命」の著者アーサー・ケストラーは来日すると、銀座の藤井先生に会いに来たというのである。ストレス学の権威にあっては「知を愛すること」がアタラクシアだったに違いない。藤原 肇博士(理学)の話によれば、藤井先生はノーベル賞選考委員を選考する人物だったというのだ。私は小さなストレスは人生のよい刺激となるが、大きなストレスは危険であるので、何らかのアタラクシア活用が必要なのではないかと思うのである。



                              本部長 河井正康

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